戦時中の暮らしと疑問点

senzikurashi

日本は8月15日を「終戦の日」としています。

多くの犠牲を出した戦争。

当時の人々の暮らしは、一体どのようなものだったのでしょうか。

 

私たちが「戦争」と聞くと、空襲や防空壕と、いまいち戦争に対して実感が湧かないというのが本音だと思います。

 

そこで、戦時中の暮らしをピックアップしてみました。

 

戦時中の日本の暮らし

食べ物がないっていうけど

どの雑誌や記録を読んでも「戦時中は食べ物がない」という言葉が出てきます。

戦時中の食糧難の原因は、

  1. 輸入に頼れないこと
  2. 徴兵による労働力の低下

があげられるようです。

当時は食べ物を支給する制度「配給」というものがありました。

配給で足りない分は、着物や家財道具を売り、食べ物にかえていたようです。

 

しかしながら、何とか3食の食事は保てていたようです。

そんな時に役に立った料理法が「かさ増し」です。

 

お粥にしたり、パンの使う小麦粉には得体のしれない「変な粉」が含まれていたとか。

学生のお弁当は、裕福な家庭であればお弁当を持っていくことができたとか。

お弁当がない子供は、空腹をごまかすため、水を飲み、お弁当を楽しそうに食べる友人がいる教室を離れ、校庭の片隅で時間をつぶしたそうです。

 

生活費がいらない

家電製品がない時代。

生活コストはとても低かったと言います。

物々交換ができ、「物を買い替える」という意識が少なく、壊れても使うという生活サイクルで、お金を使わなくても何とか生きていけることができたようです。

捨てるものを再利用する専門の職も今よりずっと多かったといいます。

当時の1000円は、いまでいうと1000000円の価値があったそうです。

 

 

現代と戦時中はどちらが幸せなの

戦時中の暮らしと現代の暮らしを比較してみると、「生きる目的」が大きくことなるようなイメージがあります。

戦時中は「生き延びること」を目的とし、現代は「より幸せになること」を目的に生きているような気がします。

 

現代社会では、命を失う危険性が低くなったにも関わらず、幸福度は低いといわれています。

 

それは、現代人の幸せという定義の難易度がとても高くなったからではないでしょうか。

現代の「幸せになること」というのがとても難しい意識で、

いい容姿、いい学歴、いい資格、いい伴侶、いい子供・・・と、幸せになるためにクリアしなくてはならない難関が数多くあるようです。

それには早期教育が何よりも重要視され、遊ぶことが悪という教育が主流になっていく可能性があります。

 

命を繋いでいくことが目的だった戦時中から、誰にも見下されない人生を歩むことへ目的が変わりつつある現代。

それ故、自分に自信を持てず、ストレスを多くため込んでしまう人が多いのではないでしょうか。