【要注意】震災時に非常食を見たら、賞味期限が・・・

東北大震災の後、仙台から脱出した話を紹介します。

東北大震災の後、仙台に一人暮らしをしていた私はしばらく大学の食堂で避難させてもらしました。

食べ物は避難食で一日一食でした。

避難食の缶の下に書いてある賞味期限を見ると、なんと三年前も賞味期限切れになってしまったのです。

 

賞味期限が三年も過ぎた食事で凌いでいた

しかし、それは大学がただで配ってもらったものなので、何も文句言えませんでした。

賞味期限三年も過ぎた食事でも一日一食しか維持できないので、一日でも早く仙台から脱出したくなりました。

でも、脱出っていうと、交通手段はありませんでした。新幹線、電車、バス、飛行機は勿論期待できなくなり、車でもガソリンが提供されませんでした。歩くのも夢のような話でした。

 

36時間並んで入手した帰宅チケット、涙が・・・

その時に、唯一な道は山形にいくバスでした。一日一便しかないので、チケットがなかなか手に入れられない状態でした。

一日半で寝れずに行列並びをしたら、やっとチケット一枚をゲットしました。

なんとその瞬間に涙が止まらなくて困っていました。

 

ご飯が食べれることがどれだけの幸か理解した

一回一人暮らしのアパートに帰って、貴重品等を片付けたら、バスの乗り場へ向かっていました。

山形県には誰も知らない私はこれからの事を考えながら、仙台から脱出できました。その後、山形から電車で新潟まで行って、新潟から新幹線で東京へ来ました。

普通のご飯が食べれることは人間にとってどれだけの幸せがやっと分かるようになりました。