阪神淡路大震災で食料を配っていた地元商店街の人たち
shouten

【被災体験談】涙で支給された食料が食べれませんでした

阪神淡路大震災を地元で経験した被災者です。 私は15年前まで神戸市民でした。

私の自宅は岩盤が強い高台の方にあったので、道路がところどころひび割れする程度で済んだ地区です。

でも10キロほど離れた町からの火事による煙が、凄くちかくまでたちこめてきました。

ようやく火災も落ち着いた頃、我先に炊き出しを始めたり、おにぎりを配給したりされたのは地元の商店街の方々でした。 ご自分たちも被災者なのにも関わらず、困っている人たちのために一生懸命に頑張っているのです。

私は自分が働いている会社までの道中、途中電車が通っていなかったところを歩いていました。

そうするとどこからともなく、これどうぞと言う元気で優しい声がします。小さなおにぎりがふたつ透明の容器に入っています。 私は有り難くおにぎりをいただきましたが、今にも涙が出そうでなかなか食べることができませんでした。

商売をされている方は強くてたくましい。

そう実感したと同時に、見ず知らずの方の優しさがこれほど心に染みた事はありませんでした。

その後町は復旧していきましたが、私はあの道を歩いた時の事を思い出すたびに、おにぎりの温かさも思い出します。

寄付をしないようりはした方が良いとは思いますが、本当に必要なのは人間の心だと思います。人から優しくされた事はいつまでも忘れません。

私も人が困っている時に優しく手を差し伸べる事が出来る人間になりたいと、この時感じました。

自分がしてもらって嬉しかったこと、震災から学んだ大切な出来事です。

 

(阪神淡路大震災・被災者)